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甲子園出場経験も?実は高校球児だった意外な有名人は誰?

   



甲子園出場経験 高校球児 有名人 誰


高校時代は甲子園を目指していた球児や、悲願の甲子園出場を果たしたかつての球児たちも現在はプロ野球の世界や一般社会で生活をしています。


会社などでも意外にも高校球児だった方と出会う機会はありますよね?


そこで、今回はそんな高校野球経験者の中でも、現在はテレビで活躍する有名人に迫ってみたいと思います。


甲子園出場経験がある有名人や、「実は高校球児だったの!?」なんて方にスポットライトを当てていってみましょう。


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伝説の試合のメンバー!六大学野球も経験したエリート!


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まずは、甲子園にも出場した経験もあり、あの伝説の横浜高校対PL学園が演じた延長17回の死闘にも出場していた上重聡さんを紹介したいと思います。


当時のPL学園の投手二枚看板の一人として甲子園に春夏と連続出場を果たした実績があり、前述の伝説の試合でも7回から登板し、松坂大輔投手との投げ合いを演じ全国の野球ファンの視線を一心に集めました。


その後は東京六大学リーグの立教大学に進学し、4年時にはチームの主将を任される程の活躍をし、後にプロ入りを果たす多田野数人投手と共に立教大学の投手陣を支えました。


2000年のリーグ戦の東京大学戦で完全試合を達成するなど、後に松坂世代と呼ばれる選手が犇めく東京六大学リーグでも大活躍を果たしました。


プロ入りも期待されましたが、肩や肘の故障に悩まされていたため野球を断念しアナウンサーの道を志したそうです。


テレビでも自らの野球経験を活かした独自の目線でトークをする姿が印象的ですが、学生時代は全国のファンが注目する選手だったのです。


ユニフォーム姿だとわからない?安心してください!実は元高校球児です!



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続いては、「安心してください。履いてますよ」のフレーズと全裸と見間違えてしまう程のギリギリの服装で活躍をするとにかく明るい安村さんです。


服を着ている姿があまり印象にありませんが、高校時代には北北海道の旭川実業で白球を追いかけ、なんと1999年の夏の甲子園にチームが出場を果たした際にはなんとベンチ入りを果たしたほどの球児だったようです。


残念ながらレギュラーではなかったようですが伝令役として、甲子園のグラウンドの土を三度も踏んでいます。


当時の映像でとにかく明るい安村さんの姿が確認できましたが、ユニフォームを着ている姿が違った意味で現在とのギャップがありました。


高校球児さながらの姿!太陽の下が似合う大物歌手!


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続いては、炎天下のグラウンドで毎日汗を流す高校球児を彷彿させる日焼けした肌が印象的な松崎しげるさんです。


歌手として有名な松崎しげるさんですが、高校時代は東京の日本大学第一高校の野球部に所属し、真夏の日差しを一心に受けて汗を流していたのです。


残念ながら高校三年生の時に肩と肘を負傷してしまい野球の道を断念し、バットをギターに持ち替えて音楽の道で大成功を果たしたのです。


現役時代に甲子園出場は叶いませんでしたが、1978年春のセンバツ大会で松崎しげるさんの大ヒット曲「愛のメモリー」が入場行進曲に採用され、違った形で甲子園のグラウンドに立つという悲願を達成して涙を浮かべる姿は多くの方から感動を呼びました。


そして、実は松崎しげるさんのご子息さんも高校球児なのです。


西東京地区の和光高校に所属し、今年2016年夏の甲子園を目指してプレーしていたのですが、残念ながら甲子園出場を果たすことはできませんでしたが、チームの四番打者として活躍をするスラッガーでした。


父親が果たせなかった甲子園出場の夢を引き継ぎ一心不乱に野球に打ち込む姿は素晴らしいと思います。


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イケメン・シェフのこの人も!

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最近あまりメディアで見かけなくなった!?感もありますが、少し前まではテレビに引っ張りだこだったイケメンシェフの川越達也さん


実は、川越さんも元高校球児だったんですね。


川越さんは地元宮崎の本庄高校で甲子園を目指し、日々練習に明け暮れていたといいます。ただ、家庭が裕福ではなかったため、新聞配達のバイトなどもしながら野球を続けていたそうです。


3年生、最後の夏の大会ではその年に甲子園出場を果たした都城高校と3回戦で対戦。


「9番・ショート」で試合に出場し4打数3安打の活躍をしています。しかし、試合の方では、自身のエラーなどもあり、残念ながら敗れてしまいました…。


その後、料理人の道を目指し、気づけばあんなに有名なシェフになられたんですね!

毎朝わかりやすくお天気を教えてくれるこの人も!

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朝の情報番組で「あまたつ〜」がすっかり朝の日課となっている人も多いでしょう。好きなお天気キャスターとして5年連続で1位に輝いたこともあるこの張本人も実は…なんですね!


そう!この張本人である”あまたつ”こと、天達武史さんも実は元高校球児だったんです!


天達さんは神奈川県の津久井浜高校で3年間白球を追いかけていた球児でした。


2年時は代走の切り札として出場し、3年時には「1番・センター」としてチームの切り込み隊長として活躍しています。


そんな天達さんですが、高校卒業後は飲食店で9年間のバイトしていたようで、大学には行っていません。それで気象予報士の試験をパスしてしまったんですから大したものです^^;


ちなみに余談ですが、自身の子供にも「あまたつ〜」と呼ばれているようですw

まとめ

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今回は、高校球児だった過去を持つ有名人にスポットライトを当ててみました。


意外にも元高校球児だったという有名人の方は多いようです。


タレントの上地雄輔さんは、横浜高校で松坂大輔投手とバッテリーを組んだ経験があるほどの有名選手だった過去を持っていたり、


ツッパリで有名な歌手嶋大輔さんも元高校球児で何度もテレビで自慢の剛速球を披露したこともあります。


毎年夏の甲子園は全国のファンを釘付けにしていますが、目の前で戦っている球児が何年後かにタレントになっていたということもあるようですね。


プロ野球選手の卵だけでなく、タレントの卵も甲子園には集まっているのかもしれません。


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